内容見直し:2026年9月24日
この記事は過去の体験を振り返った記録です。本文中の年齢・金額・生活状況は当時のもので、現在の条件や同じ成果を保証するものではありません。
12月は長男の誕生月です。
長男が生まれた翌年に、震災を経験しました。
長男の誕生日を迎える度に、
思い出す事があります。
それは、
●東日本大震災
です。
サスケは宮城県仙台市なので、
東日本大震災のど真ん中でした。
死ぬかと思いました。
長男が生まれてまだ2~3か月しか経っていなくて、
この子の人生はもう終わりなのかとさえ思いました。
あの日は確か金曜日で、
サスケは会社が休みで仙台市内のデパートに居たんですよ。
だからこそ、
怖さも大きかったのかもしれません。
突然揺れ始めて、
電気が落ちて真っ暗になり、
赤いサイレン灯が遠くの方でひかり、
他のお客さん達が真っ暗の中パニックになって悲鳴をあげたり、
抱き付いて来たりしたんです。
映画のワンシーンのようでした。
で、2~3分でしたね、
なかなか揺れが収まらないので、
みんなどんどんパニックになって行きました。
自宅に居たらそうでもなかったかもしれませんが、
デパートで他人がパニックになっている所に居たので、
本当にもう終わりって感じでした(笑。
結果としては、
無事でしたが、
サスケが住んでいる所は、
地盤が弱い所で、
電気が来たのは4日目でしたが、
ガス、水道は1か月近く止まったままでした。
雪も降っているくらい寒い時でしたので、
生後3か月弱の長男が居ましたので、
自宅で過ごすのは厳しかったので、
その日から車で生活しました。
日中は日が当たると車の中は暖かくなりましたが、
夜は流石に寒くて寒くて、
車の暖房を付けながら寝ました。
で、3日目に遂にガソリンが無くなってしまい、
その日の夜は暖房無しで寝たんですね。
夜、赤ちゃんが泣くから起きたら、
生後3か月弱の赤ちゃんのホッペが、
かなり冷たくなってまして、
その時、仙台からの脱出を決めました。
仙台ではガソリンスタンドはどこも営業していませんでしたので、
関東に住んでいる親戚にガソリンを買って来て貰い、
自分の車に給油して、
仙台を脱出。
その親戚の家に1か月強ほどお世話になりました。
同じ仙台でも、
ライフラインの復旧には差があり、
2~3時間しか止まっていなかったり、
2~3日で復旧した所もあったようですが、
サスケの自宅は、
ガス、水道が約1か月止まっていましたからね。。。
脱出して大正解でした。
自宅のすぐそばに、
サスケの両親が住んでいましたので、
サスケの両親は、
約1か月間、お風呂に入れなかったようです・・・
(数回は、お風呂屋さんに行ったようですが)
で、その1か月半くらいの避難生活の時に、
ネットビジネスの凄さを体感したのです。
●ネットビジネスは何処にいてもパソコン1台あれば稼げる!
というのは、
よくある謳い文句ですが、
実際にそれを実行している人は少ないと思います。
やはり、両親が居たり、自分が生まれ育った町で、生活したいですから。
サスケもそうでした。
パソコンがあれば何処でも稼げるのに、
仙台を離れた事はありませんでした。
しかし、東日本大震災により、
仙台から離れる事を余儀なくされ、
埼玉の親戚の家で1か月半お世話になる事になりました。
親戚の家で、
パソコン1台でいつもと変わらぬ作業を行っていました。
1日1~2時間の作業です。
その結果、
売上が全く落ちなかったんですね。
その時初めて思いました。
●あ、ネットビジネスってホントに何処でも稼げるんだ!
と。
凄い事だと思いませんか?
何処に居てもパソコンさえ持ち歩けば、
稼げるんですから。
この経験から感じたこと
避難中も仕事を続けられたことは、私にとって大きな支えでした。ただ、通信や電力、家族の状況によっては作業できないこともあります。どこでも必ず稼げるという意味ではありません。
私がこの体験から大切にしているのは、生活と家族の安全を優先しながら、働く場所の選択肢を持つことです。