この記事は過去の体験を振り返った記録です。本文中の年齢・金額・生活状況は当時のもので、現在の条件や同じ成果を保証するものではありません。


12月は長男の誕生月です。

長男が生まれた翌年に、震災を経験しました。

長男の誕生日を迎える度に、

思い出す事があります。

それは、

●東日本大震災

です。

サスケは宮城県仙台市なので、

東日本大震災のど真ん中でした。

死ぬかと思いました。

長男が生まれてまだ2~3か月しか経っていなくて、

この子の人生はもう終わりなのかとさえ思いました。

あの日は確か金曜日で、

サスケは会社が休みで仙台市内のデパートに居たんですよ。

だからこそ、

怖さも大きかったのかもしれません。

突然揺れ始めて、

電気が落ちて真っ暗になり、

赤いサイレン灯が遠くの方でひかり、

他のお客さん達が真っ暗の中パニックになって悲鳴をあげたり、

抱き付いて来たりしたんです。

映画のワンシーンのようでした。

で、2~3分でしたね、

なかなか揺れが収まらないので、

みんなどんどんパニックになって行きました。

自宅に居たらそうでもなかったかもしれませんが、

デパートで他人がパニックになっている所に居たので、

本当にもう終わりって感じでした(笑。

結果としては、

無事でしたが、

サスケが住んでいる所は、

地盤が弱い所で、

電気が来たのは4日目でしたが、

ガス、水道は1か月近く止まったままでした。

雪も降っているくらい寒い時でしたので、

生後3か月弱の長男が居ましたので、

自宅で過ごすのは厳しかったので、

その日から車で生活しました。

日中は日が当たると車の中は暖かくなりましたが、

夜は流石に寒くて寒くて、

車の暖房を付けながら寝ました。

で、3日目に遂にガソリンが無くなってしまい、

その日の夜は暖房無しで寝たんですね。

夜、赤ちゃんが泣くから起きたら、

生後3か月弱の赤ちゃんのホッペが、

かなり冷たくなってまして、

その時、仙台からの脱出を決めました。

仙台ではガソリンスタンドはどこも営業していませんでしたので、

関東に住んでいる親戚にガソリンを買って来て貰い、

自分の車に給油して、

仙台を脱出。

その親戚の家に1か月強ほどお世話になりました。

同じ仙台でも、

ライフラインの復旧には差があり、

2~3時間しか止まっていなかったり、

2~3日で復旧した所もあったようですが、

サスケの自宅は、

ガス、水道が約1か月止まっていましたからね。。。

脱出して大正解でした。

自宅のすぐそばに、

サスケの両親が住んでいましたので、

サスケの両親は、

約1か月間、お風呂に入れなかったようです・・・

(数回は、お風呂屋さんに行ったようですが)

で、その1か月半くらいの避難生活の時に、

ネットビジネスの凄さを体感したのです。

●ネットビジネスは何処にいてもパソコン1台あれば稼げる!

というのは、

よくある謳い文句ですが、

実際にそれを実行している人は少ないと思います。

やはり、両親が居たり、自分が生まれ育った町で、生活したいですから。

サスケもそうでした。

パソコンがあれば何処でも稼げるのに、

仙台を離れた事はありませんでした。

しかし、東日本大震災により、

仙台から離れる事を余儀なくされ、

埼玉の親戚の家で1か月半お世話になる事になりました。

親戚の家で、

パソコン1台でいつもと変わらぬ作業を行っていました。

1日1~2時間の作業です。

その結果、

売上が全く落ちなかったんですね。

その時初めて思いました。

●あ、ネットビジネスってホントに何処でも稼げるんだ!

と。

凄い事だと思いませんか?

何処に居てもパソコンさえ持ち歩けば、

稼げるんですから。

この経験から感じたこと

避難中も仕事を続けられたことは、私にとって大きな支えでした。ただ、通信や電力、家族の状況によっては作業できないこともあります。どこでも必ず稼げるという意味ではありません。

私がこの体験から大切にしているのは、生活と家族の安全を優先しながら、働く場所の選択肢を持つことです。